価値のある車だ!

この車は乗り続ける価値のある車だ!

 

トヨタのホームページに以下にQ&Aがありました

Q.
クルマはだいたい何年くらい走れるのですか?

A.
クルマは、ちゃんと手入れをすれば、何十年でも走ることができます。愛知県長久手市にあるトヨタ博物館という自動車博物館には、100年くらい前の自動車が置いてありますが、これらのクルマは実際に走ることができます。

しかし、大多数のクルマは、まだ走れる状態でも廃車にされてしまいます。乗用車の場合、約10年くらいで廃車になっています。これらの廃車になったクルマは、リサイクルされ、新車の部品などに生まれ変わっているんですよ。

http://www.toyota.co.jp/jp/kids/faq/q/01/05/

自動車のメーカーのトヨタが”クルマは何十年も走ることができる”と言っています。
しかし、日本の現実としては、後半にあるように10年10万kmで廃車にされていきます。法定耐用年数(減価償却期間)はもっと短いです。基本的に、日本の社会通念では、10年10万kmで市場価値は0になる。
つまり、クルマは残存価値と修理見積もりを天秤に掛けてみられているのです。
修理見積もりが残価より高ければ修理しない。このような”産業構造”になっています。

日本は、かつて国家資本主義の下で、当時の大蔵省と通産省がコンビを組んで、興銀からどんどん資金を貸して、税制を優遇して車検制度を設けて買い替えを促進して車が売れるように仕向けていって自動車産業を日本の基幹産業に育てたのです。
ですから、車なんていうものは減価償却期間の6年(軽なら4年)が過ぎたら、さっさと替えていくというビジネスモデルです。

ヴィヴィオのようなクルマに乗るということは、この”産業構造”社会通念”から抜け出すということです。
もっと、言ってしまえばこの”洗脳”から抜け出すということです。

例えば、三十万円の修理見積りが出たします。
上記の考え方ですと修理はしないことになります。
三十万円の価値のないものに三十万円も掛けても無駄ということですね。
この考えに囚われている人はヴィヴィオのような中途半端な旧車に乗るのは辛いでしょう。

ここを乗り越える為には付加価値と言う概念が必要になります。

 

付加価値とは、ウィキペディアによれば

「付加価値(ふかかち)とは、ある「もの」が有している価値と、それを生み出す元となった「もの」の価値との差のことである。」

とあります。

車は自動車メーカーが地球資源を加工して
自動車という製品にしていることは言うまでもありません。

トヨタの車を例にとって説明すると

レクサスLS

車重は2t程あります。

ヴィッツ

車重は1t程です。

単純に考えて、使われている地球資源はLSはヴィッツの2倍です。
細かいことを言えばLSの方が希少で高価な材料を多く使っているかもしれませんが、単純に考えておいてください

でも、価格はLSがおおよそ1000万円くらいでし、ヴィッツが200万円くらいでしょうか。

使っているいる資源は2倍なのに価格は5倍!!

つまりLSはヴィッツの2.5倍の付加価値が与えられているといことです。
それでも、ヴィッツにしろ、LSにしろトヨタが加工して車にして
地球資源に”付加価値”を与えて売っているのです。
この付加価値は6年で減価償却されて
耐用年数の10年10万kmを超えたらなくなるのです。
地球資源に戻ってしまうということですね。
だから、ポンコツのことは”kgいくら”といったりするわけです。

ヴィヴィオのように減価償却期間(法定耐用年数)もメーカーの想定した耐用年数10年10万kmを超えたクルマは付加価値はないことになります。
ですから、ディーラー等の一般的な車屋さんに行くと「高い金掛けて修理してもしょうがない」といわれて買い替えを勧められる訳です。
大変に合理的な考え方だと思います。

しかし、実際はトヨタ2000GT・ハコスカ・S30Z等の古いのに値段がついている車もあるのです。
ここまでいかなくてもL55ミラ等も値段が付いています。
10年でみんな査定0になり潰されていますので、そこを生き残ると希少価値が付いてくるから価格が上がりだすのです。
L55ミラ等は希少価値だけかもしれませんが、S30Z等は明らかにメーカーが創った付加価値とは別に、市中でユーザーやショップによって新たな付加価値が創り出されています。

また、S30ZやAE86はマンガでも活躍して、そこでも付加価値が生み出されています。
メーカーの創った付加価値がなくなったとしても、自分(たち)で新たな付加価値を生み出していけばいいのです。

これは、実は最初のほうで述べた洗脳を受けている方に理解できない思考なのです。
ですから、古いクルマを直したいと相談を受けても「廃車にしたらいい!」と意地悪な返答していたのです。
このことは、現在の日本では10年10万kmで廃車のするのが当たり前すぎて、空気のようになっているので、誰も説明してくれません。
この洗脳を解かないと旧車に大金つぎ込んで修理することができません。

例をあげましょう。

私は免許と取り立ての頃から”峠族”をやっていて、それ用に改造した車に乗っています。
チューンドカーというやつですね。

私が300万円の予算でクルマを買うとしましょう。

300万円あれば、新車が買えるので新車を買うのも1つの選択です。でも、峠族とか走り屋といわれる人だったら、100万円の中古車を買って200万円掛けて、それ用にクルマを改造するという選択もあります。これは現在の自動車産業のビジネスモデルからしたら、非常に酔狂なことです。
100万円の市場価値しかないものに200万円掛ける。
3年後の下取りはいくらになるのか?
100万円以下でしょう。
これが、現在の”まとも”な考え方でしょう。
減価償却されているのですから、新車は間違いなくそうなるでしょう。
しかし、中古車をカスタマイズした場合は売る相手さえ間違わなければ、そこまで値落ちはしません。機械の実質的な損耗分くらいの値下がりで売れることもあります。
必ずそうなるというお話ではないので、くれぐれも勘違いのないようにお願いします。これは、私の経験からいっているに過ぎないお話です。
でも、私の中には、経験からそういった”思い込み”が出来ているので車検2年付きで7万円で買ったヴィヴィオに平気で、新車のワゴンRが買えるほどのお金をつぎ込んだのです(私の場合は作業は自分でやっているのでショップに頼んだらプリウスくらい買えたかもしれません!?)
別に売るつもりはありませんが、自分が新たな付加価値を与えているという確信があったのです。

「そんなのあんたの勝手な思い込みでしかないだろう!」と思われても無理もありせんが
この確信が、実は”付加価値”なのです。なぜなら、付加価値は情報空間の価値だからです。
付加価値というものは、大企業であるメーカーや大手マスコミでないと創れないと思われるかもしれませんが、説明してきたようにユーザーやショップが創っている例もあるのです。

ネットがこれだけ浸透してきた世界では個人や中小企業がが付加価値を創りだすことは、更に容易になってきているといえます。
付加価値は情報空間の価値なのですから。
この辺りのことも踏まえながら

次は未来の事は誰にもわからない。

わからないけど、世界が変っていくのいくのは確実です。
そこで、ヴィヴィオのような旧車に乗っていく意味を書いていきます。
まずは”ホリエモン”こと堀江貴文氏のメッセージをお聞きください

堀江氏に関しては、嫌いな方もみえると思います。私は別に堀江氏をリスペクトしている訳ではありませんが、ビジネスマンとしては優秀な方ですし、著書等を読んでみたり、こういった動画を見ると”悪者”のイメージが先行し過ぎているような気がします。

ここで、堀江氏がいっているのは

・世界は、我々が気付かないうちにどんどん変っていっていいる。

・グローバル化が進んでいくのは止められない。その中で、もう日本は豊かではない。
今までは、貧しい発展途上国だと日本人が思ってきた東南アジアの国々と差はなくなってきている。

・戦後、日本がやってきた”いい大学を出て、いい会社に入れば一生安泰!”はもう通用しない

・過ぎてしまった過去に拘っても仕方ない。誰にもわからない未来を心配しても仕方ない。今出来ることに全力で取り組む。

堀江氏がいうのは、未来はわからないし、過去の価値観は通用しなくなっている。
例えば、ここで私が話題するのは”たかが”車ですが、10年10万kmでは廃車にするというのは、戦後の日本の産業構造・社会構造が生み出したものの扱い方なのです。
ですから、旧来の価値観に、しがみつくのは、もうやめましょう。
世界はどう変っていくのは、誰にもわからない。
だから、自分の価値感を明確にして、それに打ち込む!
今までのように、「本当はこれがやりたけど、世間体が・・・」がとか「食っていけない」とか心配する必要はないのです。

旧来の価値観は通用しなくなっているのですし、どういう世界になっていくかわからないのです。
自己を確立して生きていくことが肝要となります。
つまり今までは、人の顔色を窺って、世間体を気にしていれば、そこそこの生活が出来た。
これから、そうやって自分を殺して生きていたってリストラされるかもしれない。
だったら、もう世間体は気にしないで、自分が全力で取り組めることに力を注いでみる。
私の場合は、自分の好きなヴィヴィオという車に拘ってみる。

私は車が好きですので車ですが、なんでもいいのですよ。

音楽の好きな人は音楽。

旅行の好きな人は旅行。

武術の好きな人は武術。

 

 これ挑戦であり、実験である

そして、古い車を維持しようと活動には、消費社会へのアンチテーゼというのがあります。
こういったことをネット上に書くと「経済学的にはなんちゃらかんちゃ」とコメントされる方がみえますが、私は経済学は信奉しておりません

私は、この19世紀末から、始まったパラダイムは、そろそろ終わると感じています。
この辺りのことはおいおいブログのほうに書いていきます。

それと、もう1点。

ヴィヴィオは古いので維持が困難という方も見えますが、我々ヴィヴィオ・ユーザーの悩みなど

”本物の旧車乗り”の方からしたら

温いものでしょう。

それで、ヴィヴィオが”本物の旧車”の仲間入りする前の早い段階で保存活動したら、残存数はどうなるか?残存数が増えたら、どれくらい維持がしやすくなるか?という実験です。

例えば、私の好きな70系カローラ

40系マークⅡ

私が免許を取った当時はキレイな車体が解体屋にゴロゴロしていました。

他にも、現在の”ハチマル”ブームで花形の70系マークⅡは

90系がデビューした当時は、タダでもいらんといわれていましたし

ソアラ3000GT(MZ12)を

5万円でどう?と言われてこともあります。(5MTだったら買ったのですが・・・・)

私の主張として、新型が出たからといって旧型の価値が(経年劣化・走行による損耗以上に)下がる訳ではないというがあります。
しかし、減価償却期間が過ぎた車は市場価格は0にになります。
そして、ここで潰されます。

ここを生き残った車は価格が反転します。

古いクルマの価格が反転して上がっていくのは分かり切ったことです。
(スットクしておく場所がない。ストックするのにコストが掛かるので値が付くというのもあるでしょう)

だから、ここで潰されないようにするのです。

ヴィヴィオは、それだけの価値のある車なのです!!

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